善意で寄付したはずだった──
そのお金はどこに流れているのか?
2025年の秋、渋谷のカフェ。
窓の外を冷たい雨が濡らしていた。スマートフォンの画面に、クラウドファンディングの通知が届いた。
「目標金額達成、ありがとうございました」。
私は反射的に「よかった」と思った。だが、ふと止まった。あのお金は、今どこにあるのか。誰の手を経て、何に使われているのか。
その夜、私は自分が10年間、善意という名の怠慢を続けていたことに気づいた。
2025年秋、渋谷のカフェ。雨の窓辺で届いた通知(イメージ)
目次
1. 疑わずに押し続けた「寄付する」ボタン
2015年から2024年にかけて、私は複数のNGO・NPOへの定期寄付を続けていた。
毎月、クレジットカードから自動引き落とし。合計すると、10年間で数十万円になる計算だ。だが、その間に年次報告書を読んだことは、一度もなかった。団体のウェブサイトを確認したことも、ほとんどなかった。
「有名な団体だから大丈夫」。
「テレビでCMを流しているから信頼できる」。
そういう、根拠のない安心の上に、私の「善意」は乗っていた。それは、鍵をかけずに外出することを「今まで大丈夫だったから」と正当化するようなものだった。
恵比寿のオフィスで、深夜に蛍光灯の白い光の下でその事実に気づいたとき、手元のコーヒーが冷めていた。手間をかけて確認することを怠った10年間が、急に重く感じられた。
「寄付する」ボタンを押した瞬間──通知の向こう側(イメージ)
2. 消えた720万円と、誰も知らなかった事実
私の怠慢が、単なる個人の問題ではないことを示す数字がある。
2021年6月から2022年1月末までの約8か月間だけで、日本の非営利組織において84件の不祥事が確認された。個人型の「横領・着服」は14件発生し、そのうち「経理を一人で担当」していたケースが7件だった。組織型の「不正受給」では、「虚偽の帳簿・報告」によるものが10件中7件に上った。
具体的な事例がある。
認定NPO法人「神奈川子ども未来ファンド」では、非常勤の男性事務局員が70回にわたり寄付金口座から合計約720万円を不正に引き出していた。
子どもへの支援を謳う団体に集まった善意のお金が、一人の職員の手によって引き出され続けていた。それが1年以上、発覚しなかった。
不祥事が発生する背景には「不正のトライアングル」がある。「動機・プレッシャー」「機会」「正当化」の3つの要因が重なって発生する。特にガバナンスの「脆弱性」が、個人の不正を起こす「機会」を助長している。
問題は不正を働いた個人だけにあるのではない。確認しなかった寄付者の側にも、その構造を支えた責任の一端がある。私はそう感じた。
■ 2021-2022年 非営利組織不祥事例まとめ(抜粋)
| 不祥事タイプ | 件数 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 横領・着服(個人型) | 14件 | 経理一人担当が7件 |
| 不正受給(組織型) | 10件中7件 | 虚偽帳簿・報告 |
| 具体例:神奈川子ども未来ファンド | 約720万円 | 70回不正引き出し、1年以上発覚せず |
善意のお金が消えた事例──確認不足が招く現実(データイメージ)
3. 丁寧に読む人間だけが知っていること
転機は、目黒の小さなセミナーで訪れた。
NPO支援のコンサルタント、48歳の女性。LAMYのボールペンを持ち、RHODIAのノートを開きながら、彼女は静かに言った。
「寄付者が年次報告書を読まないことが、不正の温床を作っています」
その言葉が、胸に刺さった。
信頼できる団体を見分けるための確認項目を、彼女はこう整理した。
一、財務情報の公開有無:事業費と管理費の内訳が公開されているか。収支のバランス、事業費と管理費の内訳、資金の流動性を確認する。使途制限のある資金と自由に使える資金の区分も重要だ。
二、活動報告の具体性:成果指標と失敗からの学びが書かれているかが要点で、良い報告書は成功だけでなく改善点を正直に記載している。
三、第三者評価の受審歴:理事会の構成、多様性、任期、利益相反ルール、内部統制の仕組みを確認する。第三者監査や評価の受審歴もチェックすべき項目だ。
四、使途の透明性:団体のウェブサイト内の寄付ページに使途が明記されているか、活動報告書が年に1回以上公表されているかを確認し、必要であれば直接問い合わせる。
彼女が最後に言った言葉を、私はそのままノートに書き写した。「善意は、確認することで初めて善意になります」
「確認する」ことの重要性を語るコンサルタント(イメージ)
4. 私が10年後に初めてやったこと
翌週、私はこれまで寄付してきた3つの団体の年次報告書を読んだ。
MacBook Proを開き、それぞれの団体のウェブサイトにアクセスした。1つ目の団体は、PDFの報告書が3年分公開されていた。事業費比率、管理費の内訳、現地での活動写真——丁寧に作られていた。2つ目の団体は、活動報告のページが「準備中」のままだった。3つ目の団体は、決算情報そのものが見当たらなかった。
寄付を継続するかどうかを、私は初めて「自分の判断」として決めた。
寄付白書2025によれば、「寄付したお金がきちんと使われているか不安に感じる」と答えた人は74.1%に達し、透明性へのニーズは依然として強い。
7割以上の人が不安を感じながら、確認せずに寄付を続けている。私もその一人だった。
手間をかけて調べることのメリットが、ここにある。不安を持ちながら寄付し続けることと、確認した上で確信を持って支援し続けることは、まったく別の行為だ。どちらも同じ金額が動く。だが、その先に生まれるものがまるで違う。
10年ぶりに開いた年次報告書──自分の判断で決める(イメージ)
5. 善意が届いた、と確信できた朝
銀座のカフェで、MacBook Proを開き、ある認定NPO法人の年次報告書を読んだ。事業費比率82%、管理費18%。現地の活動写真と数値目標の達成率。失敗したプログラムとその改善策まで、正直に書いてあった。
理事会の名簿が公開されていた。外部監査を受けていた。メールで問い合わせたら、24時間以内に丁寧な返信が来た。
その団体に寄付のボタンを押したとき、これまでと違う感触があった。
不安ではなく、静かな確信があった。
国際協力NGOセンター(JANIC)が職員による横領と帳簿改ざんを公表した際、「横領の発生から調査の開始、事実の確定、対応まで時間を要したことを猛省している」と述べ、再発防止策として複数人での会計業務体制の構築と内部統制の強化を実施した。不祥事の後に誠実に対応し、情報を開示し続ける団体もある。大切なのは、過去の失敗ではなく、現在の誠実さだ。
手間をかけて確認した人間だけが、その誠実さを見分けられる。
善意が届いた瞬間──現地の笑顔と確信(イメージ)
「寄付した」で終わらせない人間になる
今日からできること、三つ。
一つ目:今継続寄付している団体のウェブサイトを開き、直近の年次報告書を探す。なければ、それ自体が判断材料だ。
二つ目:事業費と管理費の比率を確認する。一般的に事業費70〜80%以上が健全とされる目安だが、比率だけでなく中身の説明があるかを見る。
三つ目:気になることがあれば、直接メールで問い合わせる。返信の速さと丁寧さが、その団体のガバナンスを映す鏡になる。
善意は、届けるだけでは完結しない。
確認することで初めて、善意は本当の意味で誰かの力になる。その手間を惜しんだ10年間を、私は取り返せない。だが今日から、確認する人間になることはできる。
寄付したお金の行き先を知っている人間だけが、本当の意味で世界を変えている。















