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なぜ資本は”理想”を語るのか?──金融と思想の危険な関係

なぜ資本は"理想"を語るのか?──金融と思想の危険な関係






なぜ資本は”理想”を語るのか?──金融と思想の危険な関係


なぜ資本は”理想”を語るのか?
──金融と思想の危険な関係

2025年の冬、渋谷のカフェ。
窓の外に冷たい雨が降っていた。
MacBook Proの画面に、あるニュースが映っていた。
「ブラックロック、ネットゼロ連合から脱退」。

世界最大の資産運用会社が、自分たちが旗を振り続けてきた理想の連合から静かに離れた。

コーヒーを一口飲んだ。

私はその記事を5分間読み続けた後、ある問いが浮かんだ。
彼らは最初から、本当に「地球を救いたかった」のだろうか。
それとも、「地球を救う」という言葉が、最も効率よく資金を集める言語だと知っていたのだろうか。

その問いは、不快だった。だから長い間、向き合わずにいた。

金融と思想の危険な関係

渋谷のカフェ──雨の窓辺で見たニュース(イメージ)

1. 信じた言葉の裏側

2021年の春。
恵比寿のコワーキングスペースで、私はある運用会社の説明会に参加した。
スライドには「サステナブルな未来への投資」「ESGで世界を変える」という言葉が並んでいた。
グラフは右肩上がりだった。担当者の声は、確信に満ちていた。

私はその場でESGファンドへの積立を申し込んだ。

根拠は薄かった。「有名な運用会社だから」「時代の流れだから」「良いことをしながら儲かるなら最高だから」。それだけだった。

2年後、そのファンドのパフォーマンスは市場平均を大きく下回っていた。

2024年には米国のサステナブルファンドから約196億ドルが流出し、前年の133億ドルをさらに上回り、モーニングスターが追跡を開始して以来最大の流出額となった。

「理想」という言葉に乗せられた資金が、最も速く逃げた。

金融と思想の危険な関係

サステナブルファンドの資金流出推移──2024年記録的流出(Morningstarデータイメージ)

2. 「ESG」と言わなくなった男

2023年6月、米コロラド州のイベント。
世界最大の資産運用会社ブラックロックのCEO、ラリー・フィンク氏は「ESGという言葉を、自身としてはもう使うつもりはない」と発言した。
フィンク氏は年次書簡でかつて「ESG」を26回使っていたが、その後は「ESG」を使わず「脱炭素」「気候」「ガバナンス」という言葉に置き換えるようになった。

この発言は、単なる言葉の変更ではない。

背景には米国における「反ESG」の動きがあり、テキサス州やフロリダ州など共和党が優勢な州では化石燃料産業を守るためのESG批判が広がり、複数の州が年金基金をブラックロックから引き上げた。
ブラックロックはこれにより各州から数十億ドルのキャッシュフローを失った。

そして2025年1月9日、ブラックロックはネット・ゼロ・アセット・マネージャーズ・イニシアティブ(NZAM)からの脱退を正式に発表した。

理想が資金を集めるとき、資本は理想を語る。理想が資金を逃がすとき、資本は言葉を変える。それが、金融と思想の構造的な関係だ。

金融と思想の危険な関係

ラリー・フィンク氏──「ESG」を捨てた瞬間(イメージ)

3. 思想を売る構造を見た男

銀座の小さなセミナーで、60代の元機関投資家と話した。

彼はRHODIAのノートを膝に置き、LAMYのボールペンを手にしたまま、静かに言った。
「資本は思想を消費します。思想が資金を動かす限り、資本はその思想を纏う。思想が資金を動かさなくなった瞬間、脱ぎ捨てる」

ESG推進が社会的分断を拡大させているという逆説的状況がある。
投資家の92%がESG投資の長期的リターンのために短期的利益を犠牲にすることを望んでいないと回答した。また、投資家の85%がグリーンウォッシュは5年前より深刻化していると答えた。

9割の投資家が短期利益を優先し、同時に8割以上がウォッシュが深刻だと感じている。この矛盾を抱えたまま、「理想」という言語だけが流通し続けていた。

「手間をかけて実態を確認する人間だけが、この構造を見抜ける」と彼は言った。

金融と思想の危険な関係

RHODIAノートとLAMY──思想を読み解く道具(イメージ)

■ 投資家意識調査(EY調査参考値)

項目 割合 意味
短期利益優先 92% 長期ESGより短期リターンを重視
グリーンウォッシュ深刻化 85% 5年前より悪化と感じる

投資家の矛盾──理想と現実のギャップ

4. 問いを立てる習慣

帰宅後、私は過去3年間のESGファンドの運用報告書を読み直した。

事業費の内訳、投資先企業のスコアリング根拠、パフォーマンスの要因分析。どれも公開されていた。だが私は一度も読んでいなかった。「理想」を語る言葉を、根拠として受け取っていた。

ESGやSDGsの本質は社会や地球全体を良くしたいという善なる発想にあるが、グリーンウォッシュはそれを逆手にとって利を得ようとするものだ。投資家自らが継続的な確認を行う責務を負っていると考える必要がある。

責務は、投資家の側にもある。

なぜ手間が大切か。それは、「理想」という言語が最も巧みに思考を停止させるからだ。環境を守る、社会を変える、未来を作る——これらの言葉に反論することは難しい。だからこそ、その言葉の奥に何があるかを確認する手間が、唯一の防衛線になる。

現状のESG投資を取り巻く状況はむしろ金融の正常化と言える段階に入っており、実態を伴わない取り組みは今後解消されていくと見られている。

正常化の過程で問われるのは、資本の誠実さではなく、受け取る側の目だ。

金融と思想の危険な関係

運用報告書──言葉ではなく数字を読む(イメージ)

5. 理想を使う側と、使われる側

2026年3月、目黒のコワーキングスペース。
朝の光が窓から差し込んでいた。
私は新しいRHODIAを開き、LAMYで一つの問いを書いた。
「この言葉は、誰が得をするために語られているか」

資本が「理想」を語るとき、三つの可能性がある。

一つ目、本当にその理想を信じているとき。二つ目、理想を語ることで資金を集められると計算しているとき。三つ目、理想を語らないと資金が逃げると恐れているとき。

ブラックロックが「ESG」を語り始めたのはどのパターンだったか。「ESG」を語るのをやめたのは、なぜか。2025年1月、ブラックロックはネット・ゼロ・アセット・マネージャーズ・イニシアティブからの脱退を発表した。そして今、何という言葉で資金を集めようとしているか。

この問いを立てることが、金融と思想の関係を読み解く唯一の入り口だ。

「理想」という言語を、解読する

今日からできることを、三つだけ言う。

一つ目、「社会的意義」「サステナブル」「未来への投資」という言葉が使われているとき、その言葉の受益者が誰かを一秒だけ考える。語り手が最も得をする構造を想像する。

二つ目、ESGファンドや社会貢献型の金融商品に関わる場合、運用報告書の「事業費比率」と「投資先の選定基準」を必ず確認する。言葉ではなく、数字を読む。

三つ目、「理想」を語る言葉に強く共感した瞬間を、疑いのサインとして受け取る。感動は判断を停止させる。

資本は思想を利用する。それは悪ではなく、構造だ。

だからこそ、「理想」という言語を受け取るとき、私たちは翻訳者でなければならない。その言葉の奥に何があるかを、手間をかけて確認する人間だけが、金融と思想の危険な関係から自由になれる。