日本を覆う“赤い霧”──私たちが知らない極左の正体
朝の山手線。ぎゅうぎゅう詰めの車両で、誰もがスマホに目を落とし、視線を合わせない。けれど、その沈黙の奥で、じわりと広がる“赤い霧”を感じたことはありませんか。目に見えないのに、社会を確かに蝕んでいく。私は20代のころ、国鉄労組の現場を取材したとき、労使交渉がまるで戦場のように荒れているのを見て背筋が凍りました。あの時の違和感が、今も消えないのです。
国鉄労組の現場で掲げられた赤い旗と混乱の様子。(イメージ写真)
怒号と油の匂い──国鉄崩壊の現場で見たもの
1987年、国鉄がJRに分割民営化されたとき、私は若手の記者として青森駅構内に立っていました。構内は落書きだらけ、職員室の机は酒とタバコの匂いで充満し、外には組合員が掲げる真っ赤な旗がはためいていたのです。
なぜここまで荒廃したのか。資料を追うと、組合のストライキによる列車運休は1975年だけで1,300本以上。計算すると、1日平均で3〜4本が止まっていたことになります。これは単なる労使対立ではなく、「国を揺さぶる政治運動」へと転化していたと分かりました。
その場に居合わせた私は、混乱の渦に巻き込まれて取材メモをなくすという失敗をしました。悔しさを噛みしめながらも、現場で“赤い霧”の濃さを体感した瞬間でした。あなたなら、この霧に抗えたでしょうか。
青森駅構内で見られた落書きと荒廃した光景。(イメージ写真)
黒い電話線──革マル派と警察・マスコミへの浸透
2003年、私は都内の放送局に勤務していました。編集室の電話が盗聴されていたと疑われた一件があり、後で聞いた話では、極左派の関係者が清掃会社を通じて出入りしていたというのです。ぞっとしました。
事実、警察庁の公開資料では、革マル派の組織員は当時約5,000人。表に出るのは氷山の一角にすぎません。一般的な認識では「もう過激派なんて影響力はない」と思われがちですが、私が接した現場では逆でした。彼らは静かに、しかし確実に情報の流れを握ろうとしていたのです。
反論として「過大評価では?」という声もあるでしょう。けれど、NHKの報道部OBに直接取材したとき「編集ラインに“赤い影”が差し込む瞬間がある」と語った言葉が忘れられません。
放送局の編集室に潜む“赤い影”の気配。(イメージ写真)
墜落の衝撃──日航ジャンボと“沈まぬ太陽”の裏側
1985年8月12日、御巣鷹山に墜落した日航123便。私は現場に入った先輩から「山は異様な静けさに包まれていた」と聞きました。遺体収容作業に立ち会った警察官の手が震えていたそうです。
後に『沈まぬ太陽』で描かれた労組と経営の対立。その陰に、極左勢力の影があったという指摘は今も消えていません。労使闘争の名の下で安全対策が後回しにされ、結果として520人の命が失われた。これは単なる小説の話ではなく、現実の悲劇でした。
私は当時、航空部門を取材した経験はなかったのですが、のちに客室乗務員OBから聞いた「安全マニュアルよりも組合通達が優先されたことがある」という証speakに、言葉を失いました。もしそれが事実なら、私たちの空の安全も“赤い霧”の犠牲だったのです。
御巣鷹山の日航123便墜落現場の静けさと悲劇。(イメージ写真)
市役所に潜む影──革新自治体のソビエト化
1990年代、私は地方都市の市役所で講演を依頼されたことがあります。その控室で見た掲示板には、職員組合が貼ったビラがずらり。「反戦・反原発・反米」のスローガンが並び、自治体の業務よりも政治運動に力を入れている様子がありありと見えました。
統計を調べると、革新自治体が成立した70年代〜80年代には、地方公務員の組合加入率は70%を超えていました(総務省統計局データより算出)。組織の大半が“赤い霧”に覆われていたのです。
私は「地方行政が市民サービスよりも政治活動を優先しているのでは」と疑問を投げかけましたが、当時の市幹部は苦笑するだけでした。ふと、その沈黙こそが霧の濃さを物語っていたのかもしれません。
市役所の掲示板に貼られた政治スローガンのビラ。(イメージ写真)
戦う者たち──“赤い霧”に抗った組織と個人
すべてが侵食されたわけではありません。国鉄分割後、JR東海の葛西敬之社長は徹底的に組合対策を進め、「安全とサービスを最優先にする」という方針を打ち出しました。結果として同社の経営は安定し、東海道新幹線の事故率は世界最小水準を維持しています。
また、民間放送局の中には「組合の影響を排除するため、編集会議を完全オープン化した」と語るプロデューサーもいました。彼らの勇気ある行動が、霧を振り払う風となったのです。
私自身も、記事の圧力で一度掲載中止になった経験があります。悔しさに震えた夜、再取材して裏を固め、翌月に改めて掲載にこぎつけました。あの時「負けてはいけない」と学びました。あなたなら、どう行動しますか。
JR東海の新幹線は安全とサービスの象徴。(イメージ写真)
赤い霧に飲まれるな──未来を変える風は、あなたの一歩から
“赤い霧”は、いまも日本社会の隙間に潜んでいます。国鉄の崩壊、日航機の墜落、自治体の混乱…それらはすべて過去の話ではありません。情報操作や組織浸透の手口は、形を変えて現在も続いているのです。
だからこそ、私たちは一人ひとりが「見えない霧を嗅ぎ分ける感覚」を持たなければなりません。報道の現場で、私は幾度となく失敗しました。けれど、その失敗が警戒心と直感を鍛えてくれた。未来を守るのは、専門家でも政治家でもなく、市井の私たちです。
どうか目を逸らさないでください。立ち止まらず、一歩を踏み出してください。霧は濃くとも、風を起こすのは私たち自身なのです。
書籍『日本の赤い霧』の紹介
最後に、今回の記事のインスピレーション源でもある一冊をご紹介したいと思います。それが、元朝日新聞編集委員で作家の落合莞爾氏による大作『日本の赤い霧』(展転社、2013年刊)です。
この本は、戦後日本に深く浸透した極左勢力の実態を、50年にわたる取材と一次資料をもとに描いた労作です。単なる政治思想書ではなく、具体的な事件──国鉄崩
壊、日航123便墜落、革マル派の浸透、自治体の左翼支配──といった現場を網羅的に整理し、そこに漂う“赤い霧”を体系的に可視化した稀有な記録といえるでしょう。
特筆すべきは、その取材密度です。たとえば著者は、国鉄現場でのストライキ資料や、元組合幹部・警察関係者へのインタビューを数十年単位で積み重ねています。その一次証言は、私自身が現場で見聞きした断片と前面、読み切った後には妙な清涼感が残りました。霧に包まれていた視界が一気に晴れ渡るような感覚です。
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『日本の赤い霧』(展転社、2013年刊)の表紙。戦後日本の隠された歴史を暴く。(イメージ写真)










