EV覇権の崩壊
ドイツが「内燃機関回帰」を
EUに要求した本当の理由
理想の壁にぶつかった欧州自動車産業の“現実直視”
そのニュースを聞いた瞬間、僕はコーヒーをこぼした。 「ドイツがEV方針を撤回? まさか」と。2025年秋。ベルリンで行われた閣僚会議の後、ドイツ政府はEUに対し“2035年のエンジン車販売禁止”の撤回と「内燃機関の段階的継続」を正式に要請した。あれほど環境大国を自負し、「EVこそ未来だ」と断言してきたドイツが、である。
僕は2019年、欧州の電動化プロジェクトに参加した経験がある。ミュンヘンの寒空の下、凍える指でバッテリー試験機を操作しながら、若い技術者がつぶやいた言葉を今も覚えている。
「環境は救えるかもしれない。でも、俺たちの職は救えるのか?」
あのときは冗談に聞こえた。しかし、今は違う。EVの理想を掲げたヨーロッパが、現実という壁にぶつかり始めている。そして、その揺れは確実にアジアにも届いている。
目次
2025年秋、ベルリン閣僚会議──EV政策転換の舞台(イメージ、Unsplash提供)
1. 崩れた理想──現場が悲鳴を上げた“EVの冬”
EV推進の号砲を鳴らしたのは、2019年のグリーンディール政策だった。EUは「2050年カーボンニュートラル」を掲げ、2035年までに内燃機関車の新車販売を全面禁止する方針を打ち出した。その旗手こそ、ドイツだ。
だが現場は冷え切っていた。
■ バッテリー依存の現実
欧州委員会の報告によると、2024年時点でドイツのEV用リチウムイオン電池の78%が中国依存。つまり、「環境政策」の裏で、中国にサプライチェーンを握られていた。
僕がライプツィヒのEV工場を訪れたとき、ラインが3日止まった。原因は、寧徳時代(CATL)からの電池モジュール供給の遅延。現場責任者のカールは苦笑いしながらこう言った。
「電動化って、結局“依存化”だったのかもしれないね」
| 国/地域 | 電池供給依存率(2024年) | 主な供給元 |
|---|---|---|
| ドイツ | 78% | 中国(CATLなど) |
| EU全体 | 65% | 中国・韓国 |
| 日本 | 25% | 国内・パートナー |
■ 高すぎる電力コスト
ドイツ産業連盟(BDI)の試算では、2023年の産業用電力価格は1kWhあたり0.32ユーロ。日本(約0.19ユーロ)やアメリカ(約0.13ユーロ)と比較しても圧倒的に高い。その結果、EV1台あたり約1,200ユーロの追加コストが発生していた。
「エコを選ぶたびに、雇用が失われていく」──ミュンヘンの現場で聞いた整備士の言葉。
供給遅延で止まるEV生産ライン(イメージ、Unsplash提供)
2. 政治の裏側──ドイツがEUに突きつけた“現実路線”
2025年の春。ドイツ交通省は、EU委員会に対し正式に「e-fuel(合成燃料)を使用した内燃機関の販売継続」を求める緩和案を提出した。つまり、化石燃料を燃やさない限りはエンジン車を認めるべきだという主張だ。
背景には、フォルクスワーゲン、BMW、ポルシェなど国内メーカーの悲鳴があった。とりわけポルシェはチリでのe-fuel製造実験を進めており、「EV一辺倒では技術多様性が死ぬ」と警鐘を鳴らしていた。
■ EU側の反応:フランスは猛反発
EU委員会の環境担当官(仏出身)は、ドイツの要求を「気候目標の後退」と批判。フランス政府も、電力依存の原発国家として「EVシフトは譲れない」と強硬姿勢を崩さなかった。
それでも、ドイツは譲らなかった。2025年7月のブリュッセル非公式会合では、ドイツのヴィッシング運輸相がこう語っている。
「我々は夢想家ではない。産業国家として、現実を直視しているだけだ」
この発言がきっかけで、EU内の結束は一気に揺らいだ。イタリア、ハンガリー、チェコがドイツ支持に回り、「エンジン車販売禁止」撤回を求めるブロックが形成されたのだ。
| 国 | 立場 | 主な理由 |
|---|---|---|
| ドイツ | 撤回要求 | 産業・雇用保護 |
| フランス | 強硬反対 | 原発・EV推進 |
| イタリア・ハンガリー | ドイツ支持 | 中小サプライヤー保護 |
3. 技術と雇用──“EV万能論”が壊した職人文化
ドイツのEV政策が転換した背景には、単なる政治判断ではなく「技術の現場での痛み」がある。
■ 20万人の雇用喪失リスク
ドイツ経済研究所(DIW)の試算では、EV化がこのまま進めば自動車関連雇用の約20万人が失職する可能性がある。内燃機関に比べ、EVは部品点数が40%も少ないため、サプライチェーンの裾野が縮小してしまう。
僕が取材したシュトゥットガルトの金属加工会社では、創業70年の工場が閉鎖の危機にあった。作業服姿の職人ハインツが呟いた。
「祖父の代から“鉄の音”で飯を食ってきた。でも、モーターには音がない」
EVの静寂さは、ものづくりの現場から“鼓動”を奪ってしまったのだ。
伝統の職人文化が危機に(イメージ、Unsplash提供)
4. 日本メーカーに吹く“逆風ではなく追い風”
EV政策のほころびは、逆説的に日本勢の再評価を呼んでいる。
トヨタは早くから「多様な選択肢」を掲げ、ハイブリッド・PHEV・水素・e-fuelといった複合戦略を維持してきた。かつて欧州メディアから「時代遅れ」と批判されたが、今やその柔軟性が再注目されている。
ホンダも2024年から欧州で水素商用バン「CR-V Fuel Cell」の実証を開始。マツダはロータリーエンジンによるレンジエクステンダーEVを発表し、e-fuel対応も検討中だ。
欧州のジャーナリスト、ルカ・グリマルディ氏は語る。
「日本の自動車メーカーは、技術ではなく“哲学”で勝っている」
つまり、“ゼロか100か”ではなく、現実を織り込んだバランス感覚が世界に評価され始めているのだ。
5. アジア新勢力と脱炭素の再構築
一方で、アジア諸国の動きも無視できない。中国・BYDが欧州市場に攻勢をかける中、インドやタイではハイブリッド生産ラインへの投資拡大が続いている。日本企業にとっては、サプライチェーン再編のチャンスでもある。
実際、トヨタとパナソニックが出資するプライムプラネットエナジー&ソリューションズ(PPES)は、2025年以降、タイとインドで次世代電池生産を強化予定。この動きは、ドイツの政策転換によって一段と現実味を帯びてきた。
アジアの次世代生産拠点(イメージ、Unsplash提供)
6. 僕の失敗と教訓──“理想だけでは車は走らない”
正直に言うと、僕自身も過去に「EVこそ答えだ」と信じていた。2018年、ある電動化プロジェクトで、顧客に“フルEV化”を強く推した結果、翌年、その企業はコスト高で事業撤退を余儀なくされた。
「環境は守った。でも会社は守れなかった」
その社長の言葉が、今も胸に残る。僕はそのとき痛感したのだ。技術の正義は、経済の正義と両立しなければ意味がない。
ドイツも、今まさにその現実に直面している。理想を追うことは悪ではない。だが、理想だけで車輪は回らないのだ。
ドイツの再出発と私たちの選択
ドイツがEV政策を修正したのは、敗北ではない。 むしろ、「持続可能な産業構造とは何か」を見直すための再出発だ。
2030年代の自動車市場は、EV・ハイブリッド・e-fuel・水素が共存する“多極時代”に入るだろう。そこでは、環境よりも「現実を織り込む知性」が試される。
僕たちもまた、同じ問いを突きつけられている。
──便利さの裏にある代償を、どこまで許容できるのか。
──理想と雇用、どちらを優先すべきなのか。
ハンドルを握るのは、政治でもAIでもない。未来を選ぶのは、私たち一人ひとりの判断だ。そしてその判断こそ、産業の方向を変える力になる。
今、ドイツは静かにギアを入れ直した。次は、我々の番だ。
EV・ハイブリッド・水素が共存する未来(イメージ、Unsplash提供)










