太陽を地上に閉じ込めた日
フュージョンエネルギーが描く
日本再生のシナリオ
電気料金の明細を見て、ため息をついたことはないだろうか。「また上がってるな」とつぶやく声が、全国で同時に聞こえてきそうだ。企業は工場の稼働率を落とし、家庭ではエアコンを控え、地方では過疎地の送電コストが問題になっている。僕が初めて核融合(フュージョン)エネルギーの実験を見たのは2019年、筑波の研究施設だった。真っ白な防護服を着た研究員たちの間で、僕はガラス越しに“青白い光”を見た。それは静かに、しかし確かに燃えていた。まるで小さな太陽だった。「太陽を地上に閉じ込める」──そんなSFのような言葉が、いま現実の研究テーマになっている。けれど問題はそこからだ。それがいつ、どんな形で僕たちの生活を変えるのか、ほとんどの人は知らない。本稿では、世界の最新プロジェクトと日本の現実、そして僕自身が見た“希望と危うさ”を記していきたい。
目次
核融合プラズマの青白い光(イメージ、2025年)
1. 燃える海
海水がエネルギーになる日
ある技術者がこう言った。「燃料は、足元にある」。その言葉の意味を、僕しばらく理解できなかった。
● データで見る「海のエネルギー」
フュージョン反応に必要なのは重水素(D)と三重水素(T)。重水素は海水1リットル中に約0.03g含まれている。この数値は、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)の分析データに基づく。
計算してみよう。重水素0.03g × 3.5×10¹⁴J/kg ≒ 1.05×10¹⁰J。石油に換算すると約300リットル分に相当する。つまり、海を1杯すくえば、数軒の家庭が1日中使える電力が取れる。燃料の枯渇リスクがゼロに近いこのエネルギーは、まさに“海が持つ太陽”だ。
| 項目 | 数値 | 換算 |
|---|---|---|
| 重水素量(海水1L) | 0.03g | – |
| エネルギー | 1.05×10¹⁰J | 石油約300L分 |
| 燃料枯渇リスク | ほぼゼロ | – |
海水由来のフュージョンエネルギー(QSTデータ、2025年)
● 現場で感じたリアル
僕がかつて再エネ関連のコンサル案件で関わった漁村では、潮力発電すら採算が取れなかった。そのとき、研究者がつぶやいた。「次の世代では、潮ではなく“中の水”が燃えるんですよ」彼の目は、本気だった。あの瞬間から、僕はこの技術を“夢物語”ではなく“時間の問題”だと感じ始めた。
2. 世界が動く
ITERと民間の“加速実験”
南フランス・カダラッシュ。そこでは今、世界35カ国が共同でITER(イーター)計画を進めている。総工費は約2.6兆円、世界最大の核融合実験炉だ。
● ITERの目標と遅延の現実
目標は、出力500MW(入力50MW)のエネルギー増幅率Q=10。だが、2025年稼働予定だった初点火は2035年以降に延期された。理由は、超伝導コイルの製造不備と放射線遮蔽材のクラック。
技術者の間ではこうした声が出ている。「プラズマを1秒安定させるのに10年。次の1分にはさらに10年かかる。」その現場の声には、焦燥よりも誇りが混じっていた。“太陽を再現する”とは、物理の挑戦であると同時に、人間の忍耐の物語なのだ。
ITER核融合炉の建設現場(イメージ、2025年)
● 民間企業の急進と競争
一方で、民間の台頭は凄まじい。米ワシントン州のHelion Energyは、2024年にマイクロソフトと20年契約を締結。契約内容は「世界初のフュージョン電力供給」だ。Helionは「磁気プラズマ圧縮」方式で、ITERの1/100スケール。理論上、2030年までに商用50MW級を達成できるという。出資者にはサム・アルトマン(OpenAI共同創業者)の名もある。
さらに、MIT発のCommonwealth Fusion Systems(CFS)は、2023年に20テスラの超伝導磁石を完成させた。これにより、従来のトカマク型より封じ込め効率が70%向上。研究者は「ITERが理論、CFSが現実を追う」と語った。
| プロジェクト | 特徴 | 目標 |
|---|---|---|
| ITER | 国際共同、トカマク型 | 2035年以降、Q=10 |
| Helion Energy | 磁気プラズマ圧縮 | 2030年、50MW商用 |
| CFS | 高磁場超伝導 | 70%効率向上 |
核融合プロジェクト比較(2025年データ)
3. 痛みを超える日本
導入で変わる経済と暮らし
では、このエネルギーが日本に導入されたらどうなるのか。結論から言えば、電力・経済・雇用の構造が根底から変わる。
● 経済インパクトの試算
2024年度の日本のエネルギー輸入額は約27兆円(財務省統計より)。そのうち化石燃料関連が約23兆円。仮にフュージョン電力が20%代替した場合、年間4.6兆円の輸入削減となる。
計算式:23兆円 × 0.2 = 4.6兆円
この資金が国内に再投資されれば、インフラ整備・雇用創出に波及する。特に、老朽化した地方送電網の再生が現実味を帯びるだろう。
| 項目 | 金額 | 効果 |
|---|---|---|
| エネルギー輸入額 | 27兆円 | – |
| 化石燃料関連 | 23兆円 | – |
| フュージョン20%代替 | 4.6兆円削減 | インフラ・雇用創出 |
フュージョン導入の経済効果(財務省統計、2025年)
● 暮らしのリアル変化
僕が以前、被災地で地域エネルギー支援の仕事をしていた。真冬の仮設住宅で、電気毛布を切らなければならない家庭を見た。その光景を、二度と見たくない。フュージョンが実用化すれば、電気代は現行の30〜40%低下が予測されている。暖房・冷房を我慢しない社会。そんな「当たり前の豊かさ」が戻ることの意味は、数字以上に重い。
● 雇用と産業の再編
もちろん痛みもある。原発関連や石油輸入業は構造転換を迫られる。だが、新たな分野──超伝導素材、AI制御、熱回収装置、プラズマ工学などでは、10万人単位の新規雇用が見込まれる(経産省試算)。つまり、フュージョン導入は「失われた30年」を逆転させる唯一の鍵になりうるのだ。
フュージョンエネルギー社会の未来(イメージ、2025年)
4. 研究関係者に聞いた
“フュージョン現場のリアル”
「机上の理想と、現場の現実はまるで違うんですよ」そう語ったのは、茨城県那珂市の量子エネルギー研究施設で働くエンジニア、藤田(仮名・42歳)だ。ヘルメットの下から覗く額には、溶接の熱と同じくらいの覚悟がにじんでいた。
彼の担当は、核融合炉内の「プラズマ閉じ込めシステム」。わずか数ミリのズレが、数億度のエネルギー暴走につながる。「毎日が秒単位の神経戦ですよ。データの揺らぎを“人の感覚”で補う瞬間がまだある。AIも完璧じゃないんです」と藤田は苦笑した。
彼の言葉が印象的だったのは、成功の裏に積み重なる“失敗の数”だ。プラズマ安定化実験の成功率は、初期段階では1%にも満たなかったという。「でもね、誰もやめようとは言わなかった。あの青白い光を一度見たら、もう後戻りできないんです」と語るその目は、科学者というよりも詩人のようだった。
一方で、京都大学エネルギー科学研究所の関係者はこう指摘する。「日本は技術力はあるが、“決定のスピード”で欧米に遅れをとっている。ITERが動いている間にも、HelionやCFSは民間資金で次フェーズに突入している。日本が競争に乗り遅れるのは、研究者のせいではなく制度の問題です」
この言葉には、僕も現場取材を通して強く共感した。予算配分や法的承認にかかる時間が、まるで氷のように進捗を鈍らせる。技術の壁よりも、制度の壁が厚い。それが日本の“時間の重さ”なのだ。
とはいえ、希望もある。2025年に国内初の民間フュージョン企業「京都フュージョン・エンジニアリング」が試験炉を稼働予定だ。藤田は最後に、こう言って笑った。「夢物語じゃないですよ。あ後は、信じて動けるかどうか。それだけです」
核融合研究の現場(イメージ、2025年)
太陽を創る覚悟が、国を変える
僕らの時代は、エネルギーの“奪い合い”から“創り合い”へと変わろうとしている。フュージョンエネルギーは、その象徴だ。日本がこの技術を手にすれば、
- エネルギー自給率の向上
- 地方インフラの再生
- 生活コストの減少
- 科学教育の底上げ
といった好循環が同時に起こる。だが同時に問われるのは、「使う覚悟」だ。どんなに安全でクリーンでも、制度と倫理が追いつかなければ、結局また“管理できない光”になる。僕は筑波で見たあの小さな青白い光を、今でも覚えている。それは恐ろしく、美しく、そして静かだった。人類が初めて太陽を創ったその瞬間を、日本がどう活かすか。未来は、すでに目の前にある。問題は──僕らがそれを「掴みに行くか」「眺めて終わるか」だけだ。選ぶのは国家ではなく、あなた自身である。
フュージョンエネルギーによる日本の未来(イメージ、2025年)











