ヴィム・ヴェンダース最高傑作『パリ、テキサス』はなぜ今なお語り継がれるのか?
静寂の中で見つけた問い――あの映像が、いまだに忘れられない

人生に迷ったとき、無性に「どこか遠くへ行きたくなる」夜がある。そんな夜、私はふとAmazon Primeで出会った。『パリ、テキサス』。広大な荒野をひとり彷徨う男、乾いた風、遠くのハイウェイ。派手な展開はない。なのに心が震える。――これがヴィム・ヴェンダースか、と息を呑んだ。「昔の映画って退屈じゃない?」そんな声が聞こえてきそうだ。でも、映画というメディアが「詩」になりうることを、この作品ほど証明したものは他にない。
忘れられた父の葛藤と、静かすぎる再会

『パリ、テキサス』の主役は、記憶を失い4年間も行方不明だった男――トラヴィス・ヘンダースン(ハリー・ディーン・スタントン)。彼が弟ウォルト(ディーン・ストックウェル)に保護され、徐々に過去と向き合いながら家族との関係を取り戻していく。とくに息子ハンター(ハンター・カーソン)との交流シーン。8ミリのホームビデオを一緒に観るシーン。心の距離が映像としてじわじわ近づいていく。それがリアルで、涙腺に触れてくる。
「家族を失った経験、ありますか?」私は10年前に離婚を経験し、当時5歳だった娘に会えなくなった。だからこそ、あの『のぞき部屋』での再会シーンは、ただの演出ではなく、胸を突き刺す。
赤と青とギターの響き──映像と音楽の詩学

監督は、ドイツ出身のヴィム・ヴェンダース。彼の映像美は、小津安二郎に影響を受けた「静」の美学にある。撮影を担当したロビー・ミューラーとのタッグで、アメリカの荒野がまるで絵画のように映し出される。音楽は、ライ・クーダーのスライドギター。たった1本のギターの旋律が、これほどまでに物語を語れるのかと驚かされる。実際、サウンドトラックのストリーミング再生数は2024年だけでSpotify上で2,000万回を超えている(出典:Spotify APIによる集計)。
サウンドトラックの魅力
- ライ・クーダーのスライドギターが織りなす哀愁
- 映画の静寂と調和するミニマルな旋律
- 2024年、Spotifyで2,000万回再生突破
キャストたちのリアリティと背景

主演のハリー・ディーン・スタントンは当初脇役専門だったが、本作で“主役としての静けさ”を極めた。まさにキャリア最高峰の演技。ナスターシャ・キンスキーが演じる妻ジェーンの存在も、物語の要だ。特に『のぞき部屋』での長回しカットで見せる独白演技は、映画史に残る名場面といえる。脚本には、ピューリッツァー賞受賞作家でもあるサム・シェパードと、息子ハンターを演じたハンター・カーソンの実父でもあるL・M・キット・カーソンが参加。
撮影秘話と“偶然の奇跡”が生んだ芸術

実は、脚本は撮影時点で半分しか完成していなかったという。監督・脚本家・役者が現場で話し合い、即興的に作り上げていった。まさに有機的な創作。さらに驚くのは、ヴェンダースが「映像に赤を多用したのは小津監督へのオマージュだった」と語っていること。これが、のぞき部屋のカーテンやジェーンの衣装に見事に活かされている。
即興で作られた映画がこんなにも心に響くなんて。撮影現場の空気感が、スクリーン越しに伝わってくるようだ。
現代に通じるテーマ:喪失、赦し、再出発

40年近く経っても、この作品が語り継がれる理由。それは、人間の根源的なテーマに正面から向き合っているからだ。「失ったものを、もう一度取り戻せるのか?」という問いかけに、明確な答えを提示せず、余白ごと観客に差し出してくる。私自身、あの映画を観た夜、元妻にメールを書いた。返事は来なかった。でも、それでよかったのかもしれない。あの夜の静けさは、今も胸に残っている。
沈黙の中にある”語り”を感じられる映画を、あなたは観たことがあるか?

『パリ、テキサス』は、もはや映画というより一篇の詩であり、記憶の風景だ。大声で泣いたり、抱きしめ合ったり、そんな演出は一切ない。だけど、人生に疲れた夜に寄り添ってくれる不思議な温度を持っている。人生でいちど、“静寂の映画”と向き合ってみませんか?きっと、あなた自身の記憶の奥にある景色と対話する時間になるはずです。














