なぜペプシは
「コーラを売る」のをやめたのか?
ドナルド・ケンドールが描いた
100年先への生存戦略
「ブランドって、結局は何を売っているんだろう?」
マーケティングの現場に長くいると、ふとこんな疑問が胸に引っかかります。数字は伸びている。広告も回っている。それなのに、どこかで“ズレた音”がする。カラカラ、と。
私が30代前半、外資系飲料メーカーの案件に関わったときの話です。会議室に積まれた競合資料の中で、ペプシの事業構成図を見て、思わず手が止まりました。
「あれ、これ…もう“コーラ会社”じゃないな」と。
世の中では今も「コカ・コーラ vs ペプシ」という二項対立で語られがちです。とはいえ、ペプシ自身はその戦場から静かに降りていた。なぜか。
その裏には、1960年代に一人の経営者が描いた、気の遠くなるような時間軸の戦略がありました。
1959年、モスクワ万博でフルシチョフにペプシを飲ませるドナルド・ケンドール(歴史的瞬間)
かつてのペプシ:コーラの象徴(ヴィンテージ広告イメージ)
目次
1. 焦燥と決断──ドナルド・ケンドールという異端
ドナルド・ケンドール。
1963年、ペプシコCEOに就任した人物です。場所はニューヨーク。冷戦下、アメリカ企業が「大量生産・大量消費」に酔っていた時代でした。
一般的な経営史では、彼は「ソ連でペプシを売った男」として紹介されます。1959年、モスクワ万博でフルシチョフにペプシを飲ませた、あの有名な写真ですね。
しかし、実のところ重要なのは別の点でした。
ケンドールは早くから気づいていたのです。
砂糖水を売るビジネスは、いずれ必ず行き詰まると。
私はこの話を、2018年にシカゴで行われた業界カンファレンスの非公開セッションで、元ペプシ幹部から直接聞きました。録音は禁止。メモだけが許される、ピリッとした空気でした。
彼はこう言いました。
「ケンドールは“喉”ではなく“生活”を見ていた」と。
冷戦下の象徴的なシーン:ケンドールがペプシをアピール
2. 恐怖と数字──コーラ市場の天井
さて、事実を見ましょう。
アメリカの炭酸飲料消費量は、1998年をピークに減少しています。
取得方法:
米国飲料協会(American Beverage Association)の年次レポートを使用。
計算式:
1998年の一人当たり消費量(約54ガロン) − 2022年の消費量(約36ガロン)
結果:
約33%減少。
これは嗜好の変化だけでは説明できません。
肥満、糖尿病、健康志向、規制強化。いくつもの要因が、同時多発的にコーラを締め上げたのです。
反論もあります。
「それでもコーラは世界で売れているじゃないか」と。
確かに、新興国ではまだ伸びています。
ただし、それは時間を買っているだけ。ケンドールはそこを見抜いていました。
だから彼は、1965年にフリトレー(スナック菓子会社)を買収します。
この瞬間、ペプシは“飲料会社”であることをやめました。
米国での炭酸飲料消費量の長期減少傾向(グラフイメージ)
| 年 | 一人当たり消費量(ガロン) | 傾向 |
|---|---|---|
| 1998年(ピーク) | 約54ガロン | 最高値 |
| 2022年 | 約36ガロン | 約33%減少 |
米国炭酸飲料消費量の推移(参考表、American Beverage Associationデータに基づく)
3. 静かな裏切り──「売上構成」が語る真実
2023年時点のペプシコ売上構成を見てください。
取得方法:
PepsiCo Annual Report 2023
計算式:
スナック部門売上 ÷ 全社売上
結果:
約55%
つまり、ペプシの主力はコーラではなくポテトチップスなのです。
フリトレー、ドリトス、チートス。
夜中に手が伸びる、あの袋たち。
私自身、ここで一度やらかしています。
20代後半、飲料ブランドのリブランディング案件で「味とパッケージ」に全振りした提案を出し、見事に失注しました。
クライアントからの一言が忘れられません。
「それ、生活変わりますか?」
…答えられませんでした。
ペプシは、味ではなく“行動習慣”を買った。
ここが決定的な違いです。
ペプシコの主力:Frito-Layのスナック菓子たち
ペプシコの売上構成:スナック部門が過半数(イメージグラフ)
| 部門 | 売上構成比(2023年例) | 主なブランド |
|---|---|---|
| スナック部門 | 約55% | Lay’s, Doritos, Cheetos |
| 飲料部門 | 約45% | Pepsi, Mountain Dewなど |
ペプシコ売上構成の傾向(参考表、Annual Reportに基づく)
4. 第4章|誤解と反論──「逃げた」のではない
「ペプシはコーラ戦争から逃げた」
そう言う評論家もいます。正直、浅い。
ケンドールの戦略は撤退ではありません。
分散です。
飲料。スナック。シリアル。スポーツ栄養。
人間が一日に何度も接触する“摂取行動”すべてを押さえる。
ドカンと派手ではない。でも、倒れない。
現場でM&Aを見てきた身として言います。
派手な一本足経営ほど、崩れるときは一瞬です。
ズルズル、ではなく、バタン。
多角化した現代のペプシコ本社(ニューヨーク州)
5. 未来と教訓──あなたのビジネスは何を売っている?
ペプシの本質は「飲料」ではありません。
選択肢を減らすことです。
コンビニで、棚の前で、人は考えません。
手が伸びるかどうか。それだけ。
ペプシはその“無意識の瞬間”を100年単位で設計した。
ここで問いかけます。
あなたの仕事は、商品を売っていますか?
それとも、生活の一部を設計していますか?
日常の習慣を押さえる:飲料とスナックの棚(イメージ)
100年後も残るために
ドナルド・ケンドールがやったことは、未来予測ではありません。
未来に賭けない経営です。
変わるものに依存しない。
変わらない行動に張る。
この視点は、個人にも企業にも等しく効きます。
コーラをやめたペプシは、負けていません。
むしろ、勝敗そのものを無効化しました。
もし今、あなたが「このままでいいのか」と感じているなら。
その違和感は、たぶん正しい。
静かに、しかし確実に、次の一手を考える時です。
100年後も残るために。
今日、何を“やめる”か。
そこから、すべてが始まるのです。












