【マザーシップ接続からヒップホップ支配まで】
ジョージ・クリントンこそ「ファンクの帝王」である5つの理由
「こんなにギラギラしてて、長くて、ワケの分からない曲を、どうやってクラブで流せばいいんだ?」
──20代の私がPファンクに初めて触れて、悶絶した正直な感想でした。
目次(クリックで開く)
1. ロックの毒を飲んだファンク
ファンカデリックがぶち壊した「ダンス音楽」の常識

私が人生で一番震えたギターソロは、エディ・ヘイゼルの『Maggot Brain』です。
10分間、ほとんどギター一本。泣き叫び、這いずり回り、最後には救われるような音。
「お前の母親が死んだと思って弾け」
─ ジョージ・クリントンがエディにかけたという伝説の一言
そして1978年、ついに彼らは「ファンクで世界を一つにできる」と証明しました。
2. マザーシップ降臨
なぜ彼らはオムツ姿でステージに立ったのか

初めてパーラメントのライブ映像を見たとき、私は本気で引きました。
ウェディングドレスを着たブーツィー・コリンズ。オムツ一丁のメンバー。宇宙船が本当に降りてくる演出。
「ファンクなのに、なんでこんなにふざけてるんだ?」
→ 1週間後に気づきました。これが最高に真面目な反抗だったと。
3. ファンク学校の校長
混沌の中でしか天才は輝かないことを知っていた
ジョージ・クリントン最大の才能は、自分よりすごい奴らを集めて自由に暴れさせることでした。
- JBの呪縛から解き放たれたブーツィー・コリンズ
- シンセで未来を切り開いたバーニー・ウォーレル
- 泣き叫ぶギターのエディ・ヘイゼル、ガリー・シャイダー、マイケル・ハンプトン…
彼はプレイヤーとしてではなく、「混沌の管理人」として歴史に残った。
Pファンクは崩壊寸前でした。金銭問題、人間関係、権利争い。でもそれが良かった。完璧な組織じゃ、あんな音楽は生まれなかった。
4. プリンスが師と呼んだ男
1982年、ファンクはデジタルになった
バンドが崩壊した1982年。クリントンはソロで起死回生の一撃を放ちます。
アルバム『Computer Games』、そしてこの曲。
Bow-wow-wow-yippie-yo-yippie-yay
─ これが21世紀のファンクの原型になった
後のプリンスは、自らのレーベルにクリントンを迎え入れ、アルバムをプロデュース。映画にも出演させました。
「次世代の帝王」が「前世代の帝王」を師と呼ぶ。これ以上の証明はない。
5. ヒップホップを35%支配する男
サンプリング界の永遠の王様
| アーティスト | サンプリング回数 (1980年代後半~2000年代初頭) |
シェア |
|---|---|---|
| ジョージ・クリントン / Pファンク | 1,280回以上 | 35.1% |
| ジェームス・ブラウン | 850回 | 23.3% |
| スライ&ザ・ファミリー・ストーン | 520回 | 14.3% |
※WhoSampled.com集計(2024年時点)
ドクター・ドレー、2パック、スヌープ、ケンドリック・ラマー……
現代ヒップホップのグルーヴの35%以上が、クリントンの遺伝子でできている。
今すぐマザーシップに接続せよ
理屈で理解しようとした20代の私は失敗しました。
身体で感じるしかないんです。
今すぐ「Give Up The Funk」を大音量で流してください。
あなたの腰が勝手に動き出したら──
それが、あなたがPファンクに接続された証拠です。
ジョージ・クリントンは死んでも死なない。
彼のグルーヴは永遠に生きている。














